旅行会社こぼれ話 第33話 |
出入国カード、それはないだろう・・・・・
日本では、出入国カードが廃止されてだいぶ経ちました。長年親しんで来ただけに感無量と云うか、一抹の寂しさも覚える業界人の私。出入国カードと言えば、今、思い出しても実にいまいましい出来事がありました。
あれはモルディヴからの帰り、シンガポール航空の機内での事でした。バンコク在住のお客様30余名を引率しての添乗の帰路、シンガポール経由のフライトの中で、私はただひたすら30余名分のタイ国の出入国カードを書き続けていました。
実はこのツアー、私の担当でなく上司の担当でした。すなわち、企画手配から始まり、お客様への説明、そして案内まで全てを上司がやっていた訳なのですが、事情があって私が添乗となったのです。その引き継ぎの際、上司いわく、
「帰りのタイの出入国カード、品不足で出発日までに手に入らない。ご苦労だが帰りの機内で、全員分を書いて配ってくれ。」
との事でした。
モルディヴからのフライトは夜行便。私はお客様のパスポートのコピーとネームリストを元に、機内食にも手を付けず、暗い機内で眠気に耐え、ライトひとつでせっせと、まさにせっせと記し続けていたのです。勿論、その間にもお客様の質疑応答もあり、トイレにも立ちます。なんだかんだで全てが終わったのは着陸の40分前!
やれやれ、やっと終わったわい………と、しびれかけた右手をさすりつつ、席を立ってキャビンアテンダントさながらの笑顔を振りまき、
「xx様、ご家族でみなさん、4名様ですね。こちらはタイの出入国カードです…云々」
と、各ファミリーごとに配り歩いて、いかにもそれっぽく振舞っていたのです。
ところがです。何組目かのファミリーに説明をし始めたところ、
「いやーあ、おたくのXXさん(私の上司!)から、もう貰っているんだけど……」
と、取り出して見せてくれたのは、なんと、いつもなら用意している、きれいにタイプをされた"完璧"なカードではありませんか!!
「はあ?あ……」
と、声も出ない私に向かって、
「実は、うちも……」
と、さっき配ったファミリーまで言い出し、よく聞くと、皆さんタイプされたのをすでに渡されていました。
「?????」
結局、私が必死になって書いたものは不要となり、ひきつった笑顔を見せ次々と回収してゆきました。
バンコクに帰り着いて翌日、上司に問うと、いわく、
「あれー、言わなかったけえ?実は在庫あったんだよ、在庫。カン違い!カン違い!」
と言ってごまかす我が上司。報われぬ努力とは、まさにこの事。
「最初から、言えつーの!!」
と、心の中で叫ぶしかない私。トホホ……。この業界、信じられるのは己一人のみと言う冷酷な事実を痛感した次第でした。
出入国カード。
みなさんにも色々な思いがあるでしょう。ただ言えることは、どの国のものであっても、業界人にとっては、只のいまいましい紙切れ(?)であると言う事だけは、わかって欲しいなあーと思います。