アジアの風だより 第228話 |
トムヤムを食べてタイ人を思う
トムヤムとはなにか……日本人の間でタイ料理が一般的になったいま、もう一度この代表的なタイ料理「トムヤム」について考えてみたい。
私の知人にトムヤムクンを追い求めている男がいる。トムヤムクンを口にした瞬間に運命の出会いに気づき、それ以降ただひたすらにトムヤムクンだけを食べ続けている。日本国内を中心に活動しているが、タイ料理屋を見つけると迷わず入ってトムヤムクンを注文する。注目すべきは「トムヤム」ではなく「トムヤムクン」である点だ。彼にすればトムヤムは「クン(海老)」でなければならないらしい。
彼に限らず日本人のほとんどは、赤くて酸っぱくて辛いあのタイを代表するスープ=トムヤムクンと認識している。完全に固有名詞化されていて、具になにが使われていようと気にせず「トムヤムクン」と呼んでいるが、実際は「トムヤム」が料理名で、その後に続く単語が具の名称になっている。「クン」は海老のことだからトムヤムクンは「海老のトムヤム」となり、鶏肉(ガイ)を使うと「トムヤムガイ」になる。シーフードは海を意味する「タレー」を付けて「トムヤムタレー」だ。
トムヤムの具はなにを使ってもいいが、牛肉のトムヤムはあまり見かけたことがない。豚肉も少数派だが、これらは獣肉の臭いがあのスープに合わないからではないだろうか。刺激的な香草の集合体のようなトムヤムの味と香りは主張の強い具とは合いにくい。特に日本人は、そのあたりに敏感だ。牛肉は牛鍋、豚肉は味噌を使ってしっかりと臭いを押さえる日本人の感性が、トムヤムの具選びにも作用しているように思う。そこからトムヤム=トムヤムクンになったとすれば自然な流れだ。
タイの地方都市には牛肉やその内臓を具に使った辛いスープ(トム・セーブ)があるが趣が異なり、トムヤムとは違った香草を使って獣肉に負けない香りとうまみを引き出している。これを口にするたびに、タイ人の舌も日本人同様の感性を持っているに違いないと思うことしきりだ。
●国名:タイ
タイからはじめるバックパッカー入門 藤井伸二 著